航平くん、グラスゴーで6連覇!リオでオリンピックも2連覇だっ!!


by diamante18
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色々な日。1月17日

阪神淡路大震災から11年がたった。
あの時、中3やったあたし。
大阪市内やけど、それなりに揺れた。震度5弱か6か、そんくらいやったと思う。
なぜか夢の中で、メリーゴーランドに乗ってたから、なんとなく意識が浮上してきても、揺れてることを体感しつつも、なんの不思議も感じてなかった。当たり前やんっておもってた。だって、メリーゴーランドやねんから。
暫くすると、意識ももっとはっきりしてきて、なんかふすまがガタガタ鳴ってて、めっちゃうるさい。
あれ?
それで、目が覚めてから、分かったものの、あたしは、目がめっちゃ悪いから、目を覚ましたところで、鮮明には見えへん。でも、その目でも、蛍光灯が揺れてるのがわかる。
母が叫ぶ。
でも、その日、遅刻しつつも学校にいったら、大嫌いな担任に
「diamante18さん、今日なんか来なくていいのに」
いやいや、せっかく来た生徒にそれはないやろ。
だって、無遅刻無早退無欠席を3年間してたあたしにとって、その日に、休むわけにはいかんかったもん。

結局、学校は、休校になったけど、TVをみて、高速道路がぶっちぎれてるのとか、ありえへん放送をみて、驚いた。
こんなになるんやって。
大阪でも、余震はそれなりにあって、もちろん、被災地の方ほどではないとは分かってるけど、怖かった。どうなるんやろうって…。


もう一つ。
ヒューザーの小嶋社長の証人喚問。
なにが、刑事訴追やねん。
なにが、証言拒絶やねん。
いちいち、弁護士に相談して、ナニぬかしとんじゃ。
だいたい、結局、社員が退社して、破産しかけなんやろ。っていうか、どうせ、破産するんやろ。
そんで、破産して、被害者の方に、払えませんって言うんか。
フザけんな。
保身なんかすんな。
被害者何千人という命を危機にさらしといて、何やっとんねん。自分の財産も、会社のお金も、どんな手段を使ってでも、被害者の方々に、弁償しろや。
ナメとんか!!

と、ついつい、ガラが悪くなってしまうくらい、ムカついた。

そして、あの事件。
宮崎勤の、連続少女殺人事件。
当時、被害者の子たちと、同世代やった、あたしは、こわかった。
また、当時、時をほぼ同じくして、身近にも事件はあった。
鎌田安利の事件だ。
被害者があまりにも近くの住人やったこと、年も近かったこと、そんで、東京でも同世代。
いつ、自分が被害者になってもおかしくない。
それが、ものすごい怖かった。
鎌田安利は、死刑判決が決まったそうやけど、宮崎勤はまだやった。
そして、今日。
宮崎勤が、死刑に対して、無罪を主張してるとは思わんかった。
「良いことをした」?

私はダニエルキイスが好きだ。
“24人のビリー・ミリガン”を読んで、多重人格を信じてもらえない、ビリーは、つらいだろうな、とか同情的な気持ちやった。
もしかしたら、宮崎勤も、ほんまにそうなんかもしれへん。
ほんまに、多重人格があるとかかもしれへん。
医師の診断は、責任能力があるっていうことやけど、ビリーのときも、ちゃんと診断してもらわれへんかったりしてた…と思う。
でも、やっぱり、自分が特に怖いと思った事件、世間を震撼とさせた事件の犯人が、そういう風に無罪を主張してるのは、ありえへんって思う・・。
ビリーの時は、多くの周囲の人々の努力によって、無実が証明される。っていうか、分裂してたから、責任能力がないということで、勝訴する。

宮崎勤が、死刑確定して、“当たり前や”って思うのは、普通の反応ではあるけど、実はビリーと同様のことになってたら…と、僅かに思う…。

以下は、Yahooにのってた西日本新聞さんの記事です。



宮崎勤被告 最高裁判決 覚めぬ夢命の清算 罪の意識見えず
「17年前良い事した」



 東京と埼玉で四つの幼い命が次々と奪われた幼女連続誘拐殺人。最初の女児殺害から十七年余りを経て、十七日、宮崎勤被告(43)は最高裁の死刑判決を受けた。「覚めない夢の中でやったような感じ」と告白した初公判。「法廷は晴れ舞台」と言い放った控訴審。拘置所生活では幻聴を訴え、最後まで罪の意識は見せなかった。子供を標的にした残忍な犯罪が各地で相次ぐ中、「原点」となった事件に対する「最後の裁き」。どうしたら悪夢を絶てるのか、重い問い掛けは続く。

 「全世界に配信してください」「無罪です」―。判決の直前、宮崎勤被告は東京拘置所から共同通信に手紙を寄せた。被告は逮捕後の拘置生活を「その日その日を送っていました」と説明。十七年前の事件を「良いことをしたと思います」と振り返ってみせた。

 最後に公の場に現れたのは二〇〇一年六月、東京高裁での判決公判。弁護人によると当時小太りだった被告の体重は現在十キロ近く減り、複数の声が「つめをはがすのはわたしにやらせろ」などと虐待の相談をする内容の幻聴と不眠を訴え、向精神薬の服用を約十年間続けているという。

 拘置所ではほとんど面会に応じない一方で、不特定多数の人との文通は盛ん。月刊誌「創」(創出版)に寄せた手紙は一審判決前から二百数十通となり、その一部が著書として出版された。

 今年一月号では、奈良の小学一年女児誘拐殺人で公判中の小林薫被告(37)が「第二の宮崎勤として名前が残ってほしい」と供述していたことに言及。「精神鑑定も受けずに、『第二の宮崎勤』は名乗らせません」と書き、外の社会で起きている出来事への関心もうかがわせた。

 同誌の篠田博之編集長によると、宮崎被告はラジオで情報を得ており、流行歌手などの知識もあるが「興味の中心は昔のアニメやテレビ番組。逮捕前から時間が止まっている」(篠田氏)という。

 著書に「もっともっと有名になりたい」と書いた宮崎被告。二月には創出版から二冊目の著書が出る予定だ。共同通信への手紙では、第三者の協力で「電子出版」したというインターネット公開の画集についても触れ、記事の配信先を「特にサウジアラビア王国、イギリス、オランダはお忘れなく」と指定した。
(西日本新聞) - 1月17日15時3分更新
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by diamante18 | 2006-01-17 18:43 | ぶつぶつ